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国際物流強靭化
前回は初回ということで「そもそも国際物流DXとは何か」「なぜ可視化から始まるのか」「なぜ今注目すべきなのか」といった少し抽象度の高い話をさせて頂きました。
第2回の今回は、賢者は歴史に学ぶということで、背景として認識しておくべき船社動向に触れつつ、海外先進企業の事例を紹介し、先進企業の事例から見えてくる国際物流DX成功の要諦に迫っていきたいと思います。
まずは荷主/フォワーダー(以下、フォワーダーを含めて「荷主」と記載します)を取り巻く環境の変化について簡単に見ていきましょう。
図はコンテナ船輸送の運賃相場の推移です。
コロナ禍での物流の大混乱とともにコンテナ船の運賃は高騰しましたが、コロナ前で言えば運賃市況に関してはほとんど変化がない状況でした。変化がなければ、元々の物流への関心の低さも相まって「過去踏襲のルーティン業務を回しつつ、前年比5%の改善を目指そう」といった実現難易度の高くない目標設定を行ってきた企業が多かったのではないかと思います。大きな変化がないなかでは「変わろう/変えよう」という機運も高まりにくく、業務改善等現状の延長線上での活動を継続しがちなものです。
「変化がなければ」と書きましたが、運賃の変動は少なかったもののコンテナ船業界の技術導入という面では実は過去10年程度の間にも着実に進んでおり、2000年代に比べて大きな変化を遂げています。
代表的な船社のデジタル化事例は以下の通りです。
船社のデジタル化により、荷主が効率的に業務を遂行したり、データを蓄積・活用したりしやすい環境が着実に整ってきました。こういった取り組みは特定の船社だけが進めてきたわけではなく、1社が先行すると他社も追随するような形で船社全体のデジタル化が進んできていますので、今後も同じ傾向で、あるいはますます加速する形で船社のデジタル化は進んでいくでしょう。
さて、こういった船社のデジタル化を荷主はどう捉えるべきでしょうか。
当然「コンテナ船社ってデジタル化も頑張っているんですね!」といった感想を抱くだけでは不十分です。(デジタル化が進んでいることをまずご認識頂くことは重要ですが。)荷主にとっても、物流のパートナーである船社のデジタル化状況は自社の取り組みを考えるうえで大きく影響します。
足元の運賃や船のスペースの状況について確認するだけでなく、デジタル化の進展度合い等についても船社から定期的に情報収集するなどして「何が可能か/可能になるのか」を正しく把握しておくことが、自社の国際物流DXを進めるうえでのヒントになりますし、他社に先んじて国際物流に優位性を構築できるチャンスにもなります。
例えば、リーファーコンテナでの輸入貨物の庫内温度データを取得したい場合に、従来であれば自社でセンサーを取り付ける等する必要があり、実際に行おうとすると「輸出者側でセンサーを取り付けてもらう必要がある」「輸入国側で業者にセンサーを回収/破棄してもらう必要がある」等なかなかハードルが高く実現が難しいものでした。
しかし、船社がデータを提供してくれるのであれば、取り付けや回収/破棄については荷主は考える必要がありませんから、一気に実現難易度が下がります。自社が利用している船社が対応しているのであれば「今こそ温度データ取得・管理を始めよう!」と判断すべきタイミングかもしれません。
また、船社のデジタル化の恩恵は基本的にすべての荷主が等しく受けられるものですが、実際には「活用しようとするか/どれだけ活用するか」によって荷主間で差が生まれます。先の温度管理の例でも、温度データが入手可能になっても実際にはまったく活用しない企業が多いものですし、活用の仕方も「利用船社が温度データを提供可能であれば活用しよう」とするのか「温度データの提供可否も船社選定時の評価項目に加えよう」とまでするのか等レベル感は様々です。
本当に温度管理が重要な業界であれば、例えば「温度データの提供が可能であることを船社選定時の必須要件とし、顧客への輸送中の温度データ提供を新サービスとして始めよう」といったことを実行する企業もあるかもしれません。船社のデジタル化動向を把握し、「自社の国際物流DXに活かせるか/どのように活かせるか」と考えることは、自社の国際物流に優位性を構築するチャンスにもなり得るのです。
ここまで外部環境の変化としての船社のデジタル化動向と、荷主としてのその適切な捉え方について説明してきました。以下では、まさにそういった船社のデジタル化も上手く活用してDXを進めている海外荷主の事例をいくつか見ていきましょう。
キャタピラー社、ダウ社、大手小売A社の3社について、各社の国際物流DXの取り組み事例を見ていきましょう。
建設機械等をグローバルに製造・販売するキャタピラー社は、自社の複雑なグローバルサプライチェーン上の在庫最適化への問題意識からDXに着手し、貨物トラッキングの高度化により、既存事業の収益改善(在庫最適化)に成功しています。
世界的な化学品メーカーであるダウ社は、以前から顧客が納期・輸送状況確認のためにわざわざカスタマーサービスへ問合せする必要がある状況に課題意識をもっており、顧客の可視化ニーズを受けてDXに着手。オーダー管理・貨物トラッキングの高度化と顧客向けウェブサービス開発により、顧客への新たな価値提供に成功しています。
大手小売A社は、部門間でデータがサイロ化(=組織内部でデジタルデータが分散して保管され、有効活用されていない状況)しタイムリーな分析・意思決定が困難な状況への課題意識からDXに着手し、データのサイロ化を防ぎ部門横断的に共通のデータ・KPIをモニタリング可能にすることで、サプライチェーン上の迅速な問題解決やそれによる顧客サービスの改善、社内の業務効率化に成功しています。
海外荷主3社の事例を見てきましたが、彼らの成功要因は何でしょうか。
上記3社やその他の先進的な企業の取り組みを踏まえると、国際物流DXの成功には以下の3点が重要であることが見えてきます。
以下、それぞれ詳しく説明していきます。
DXに成功している企業の多くが、小さく一部の部門・事業に閉じてしまわず、全社を挙げて大規模に取り組んでいます。DXは事業・組織の変革であり、従来の業務改善とは異なります。失敗事例の多くは、従来の業務改善の延長で「前年比5%改善」「自部門内のみがスコープ」といった目標を掲げてしまっていますが、これでは上記企業のようにDX、変革と呼べるような大きな成果はそもそも期待できません。
そしてもう1つ共通しているのが、顧客等社外も巻き込んだ新たなサービス・事業を作り上げている企業が多いことです。社外を巻き込んだ取り組みにしようとすると社内承認のハードルも上がりますし、顧客のフィードバックにさらされることになるため慣れていないと怖いことでもあります。
しかし、そういったハードルを乗り越える活動のなかで社内外に支援者が見つかる等しながらより大きな活動になっていくものですし、顧客のフィードバックを受けることで本当に価値のあるサービス・事業に近づきます。
当然、いきなり「顧客向け新規サービスだ!」などと掲げると一気にハードルが上がってしまいますから、タイミングは重要です。ただし、いきなりではないにしても、中長期には一定のリスクも許容しながら大きな目標を掲げることが、上記企業のような成功には不可欠でしょう。
取り組みの順序が重要な点には上でも触れましたが、一気にすべてを同時並行で進めようとするのではなく、着実な成果を見込めることから小さくはじめ、段階的に進化させていくのも成功企業の特徴です。上記3社においても「まずは可視化し、その次に…」といったステップを分けて取り組んでいます。
もっとも、最初から中長期の目標まですべてのステップを描けるかというと、正確に描けているケースの方が少ないでしょう。最初から描けていたとしても、取り組むなかで見直しが必要になることは多々あります。したがって「まずは着実な成果を見込めることを実施し、成果を上げながら失敗した点/仮説が外れた点は見直し…」ということを段階的に繰り返すなかで中長期の目標とそこに至るステップをよりクリアにしていく、このトライアンドエラーのサイクルを速く回していくことの方が重要です。
段階的に進めることに関してはもう1つ、所謂VUCAの時代と呼ばれる不確実性が高く変化の激しい環境も関連しています。国際物流は特にグローバルに様々な事象の影響を受けやすい特性があり、最近でも米国西海岸の港湾労使交渉、パナマ運河の水不足による運航制限、フーシ派の船舶攻撃によるスエズ運河運航回避と、担当者を悩ませる問題が次々起こっています。
こういった情勢の急速な変化によって「どのルートで運ぶべきか」「輸送スケジュールや複数ルート使い分けの割合をどうすべきか」といった最適解も変わっていくのです。したがって、長期目標を含む計画を最初に立てて固定しまうのではなく、段階的に分けて1つ1つのステップの期間を短くし、変更を許容できる形にしておく方が、環境の変化に迅速に対応できる点でもおすすめです。
国際物流DXにおいてはデータ活用、そしてそのための第一歩として可視化が重要なことは前回の第1回コラムで説明しましたが、成功企業においてもまずは国際物流/グローバルサプライチェーンを可視化し、そのデータをもとに在庫最適化や意思決定の高度化、顧客への提供価値向上等大きな成果を目指していくケースが多いです。
そして可視化においては「物流データを価値に変えるにはどうすればよいか」という視点が重要です。成功企業においても、現場担当者や他部門、顧客、専門家等社内外のステークホルダーを巻き込み、様々な意見、フィードバックを得ながら取り組みを進めています。
「とりあえず可視化すれば大丈夫だろう」と何をどう可視化するかが曖昧なまま進めてしまうのではなく、わからない点はありながらも「何を何のため/誰のためにどう可視化するのか」「そのためには具体的にどこからどのデータを取得する必要があるか」「最終的に誰向けのどのような価値に繋がるのか」といったことをクリアにしながら進めているからこそ、成功企業は売上向上やコスト削減等数字としても大きな成果を上げることができているのでしょう。
逆に失敗事例の多くはこういった活動を行わず「可視化すればよくなるだろう」「大手ベンダーの可視化システムを導入すれば大丈夫だろう」といったスタンスで進めてしまっています。筆者の肌感覚では、特に日本企業においてはこの傾向を強く感じます。多数の多様なステークホルダーを巻き込むことは骨の折れることですし時間もかかります。しかし、そういった苦労を伴う活動からも逃げずに熱意をもって取り組み続けることが、変革と呼べるような大きな成果を得るためには重要なのです。
今回は、外部環境としての船社のデジタル化動向とその荷主としての適切な捉え方に触れながら、先進的な海外荷主の事例を紹介し、そこから見えてくるDX成功の要諦について説明しました。簡単にまとめると以下の通りです。
上記も参考に、是非自社の取り組みを振り返ってみてください。
次回以降は「こういったパターンではどう進めるべきか」「もう少し具体的にはどういったことから始めるとよいか」等、より「自社の状況ではどうすべきか」という点でも活動のヒントを得て頂けるような内容を書いていく予定です。
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